エピローグ
いつかと同じように、城に背を預ける。
旅立ちを決めたこの日、夢に旅立つ前に紅の魔王は見送りに来た。
「あの時、結局褒美を与えていなかったな。敬意を表して気に入っている昔話を一つ聞かせてやろう。勇者の、生まれ故郷の伝説だ。そのまま餞に聞くがいい」
紅の魔王が話すそれは、初めて聴いたのに不思議と懐かしく親しみのある寝物語だった。ドルチェの生まれ故郷の話とあって、ドルチェから分かれたボクの中にも、彼の記憶の残り香のようなものが在るのかもしれない。
──“地上で命を終えたものは星となり、地上を見守る役につく。地上に残されたものは夜空を見上げればいつでも星になった者に会うことができ、見上げて思い出を語るとき、その場には確かに星となった者が存在する。地上を去った者はいつまでも星の煌めく空に在り、話をする度に降りてくるのだという。勇者も愛しい姫を迎えた後に星となり、そして、世界を見守る民に語られた。”
聞いている内に自然と続きが引き出されるように浮かんだが、最後の一文だけは馴染みがない。
最後だけは紅の魔王のオリジナルであるようだった。
「……ボクのこの旅立ちの眠りは、お星様になるようなものなのかな」
「考えようによってはそうかもな。戻るつもりはないのか?」
「ううん。でも、戻ってこれなくても、ボクも、どこかでお話になって誰かのところに降りてきたりするのかな」
「ああ。私も伝える。お前は私が気に入った物語だ。――だから次に目覚める時まで、おやすみ。誕生日おめでとう。花屋の魔王。アスター=クロウエア」
城を内包した鳥籠に、紅の魔王の黒くいかめしい人差し指が触れる。四畳半ほどの檻は瞬く間に小さくなった。ボクはそれを身に寄せて抱える。
「ありがとう、魔王様。おやすみなさい……」
蹲るように鳥かごを抱いたまま瞼を閉じた。
ふわふわと浮かぶような心地がして、意識が離れていく。囁くように、語るウサギの声がした。
「これより始まりますは広大な夢の旅路。朧気な海を旅する船は一つの城。城主は夢と現の境界を跨ぐ魔王、アスター=クロウエア。星と花に囲まれた檻の城、星空の花屋は夢のひとときで本日も営業中―――――」
きっと今は、膨らんだ蕾が花を見せている。