前城主
ここからは、ボクが自分の話をしようと思う。何者かになるには、自分を語る言葉がきっと欲しいだろうから。
この城を手に入れてから三週ほど経った。まだまだわからないことばかりだけれど、少しずつ理解できたこともある。紅の魔王が置いて行ったウサギにアドバイスを受けながら、飲料水や灯りなど、なんとか城にあるものを売り続けた。時々、商売をする前に勝手に持って行かれたものもある。難しい。
ボクは、城の天辺にある鳥籠にこもっていた。色々な花が咲いていて、名前はどれもわからない。
ボクは花が好きだ。たぶん、好きだ。昔のボクは花を集めるようにできていたから、きっと花が好きだ。
花の咲き誇る檻の城。これが紅の魔王に作ってもらった城だ。ボクが、「食べた少年に見せていた夢」をモチーフ作ったらしい。
ボクの中に居た少年に、綺麗な星空と、花畑と、大好きな妖精のお姫様が揃った幸せな夢をずっと見せるための檻。それで昔のボクは、花を集めては食べて取り込んでいた。
けれど彼は結局出ていって、ボクは否定された。
だから、本当はそこで消えていたはずだった。魔王はどうしてボクに15週の命を与えたんだろう。それよりも。ボクはどうして、消えたくないと願ったのだろう。
檻の中の庭園には、今は中に誰もいない。花を増やす意味は、きっと無い。
ボクは、本当に花が好きなのだろうか。好きって、どんな気持ちだろう。ボクに食べられた彼だって、大好きな妖精のお姫様に会いに行くためにボクの中から出て行った。好きって、そんなに凄いものなのか。
紅の魔王が貸してくれたウサギに尋ねてみようかと檻を出たところで、人の声が響く。
声はどうやら城の建つ空間の外側から近づいているらしい。この世界の勇者だ。物資を求めて、ダンジョンの城を訪れるという。幸いまだ“こちら側”に入ってはいないようだ。
魔王は言った。この城を守り生き延びろ、と。なぜそう願うのかは自分にもわからないけれど、消えたくないのは確かだ。なら、この城を守ることには意味がある。
檻を囲む階段を降りたところでウサギがやって来る。
「今日もお客様がいらっしゃったようですな。あるものでご満足頂ければ良いのですが」
ボクは、売るものは何でもいいのかと尋ねた。
「ええ、それは勿論。しかし売ったからと言って買って頂けるとは限りません。その辺りは我輩も共に考えましょう。我輩も惨めな貧乏生活は御免ですから!」
次いで、花を売れないだろうかと訊いてみる。しかし売ろうにも花について何も宣伝できる知識がないことを一緒に伝えた。
「ははあ。ご主人が与えた知識は大雑把でしょうからな、確かに花の知識など無いのでしょう。であれば、そうですね……ここの元城主も多少お花には詳しかったようですから……残った過去の記録を掻き集めて……」
ウサギが何やら呪文を紡ぐと、桃色の髪を二つに結った女の子の人形が出来上がった。右目に眼帯をしている。
「以前の城主の記録を元に、部分的に再現してみました。さて、喋るまであと少し……」
人形が喋るのかと尋ねると、ウサギは首を縦に振った。ボクも隣で、喋り出すまで待ってみる。
「どーも! 気になる植物があれば花も恥じらう乙女の私が紹介しちゃいまーす! 花の魔王と呼ばれたこともあるんですよ? なんつって、男なんですけどねー」
男の子だった。ウサギが誤魔化すように顔を洗っている。
「……癖の強いお方であったご様子で……。一応、花の解説をしてくれる人形なのです。我輩が売り込みをしても良いのですが、些か面倒……ごほん、貴方様の経験となる方がきっと良い。ほら、我輩も常に暇とは限りませんし」
なるほど、と頷く。聞こえる声も近付いてきたし、そろそろ城を守る準備をした方がいいだろう。
紅の魔王は、必要なものと少しの知識を確かに置いて行った。花のことは、これから知っていけるらしい。
ボクは勇者に、この城に溢れる花を売ってみることにした。
