審判


「約束の時だ。何者かになれたか? おまえは誰だ?」

 対面した紅の魔王が問う。

 城空間が押し込められた鳥籠の外側で、ボクは紅の魔王の審判を待ち構えた。紅の魔王は鳥籠のすぐ傍で浮遊し、肩から角ウサギが顔を覗かせている。

「花屋になれた。みんな、花屋さんって呼んでくれて。花のことも勉強して。肩書きだけじゃない、星空の花屋になれた」

 ボクは中に城空間を収めた鳥籠に触れた。

「それに、薔薇が、咲いたんだよ。紅茶の木も育てられたんだ。花の魔王の跡を継いだんだよ」

 城空間から溢れ出て檻に巻きついた蔓バラをつつく。

「それから、ボクはアスター=クロウエア。星と花の名を冠する魔王で、ボクの物語の主人公」

 星の瞬く夜色の靄を広げ、中からアスターとクロウエアの鉢を取り出して見せた。

「ほう……自身の名前を得たか! では、なんと呼ばれたい?」
「う、んと。お好きに」
「では我輩は城主殿改めアスター殿と!」

 黒い角ウサギが意気揚々と応じる。先日消える寸前に負った嘘の傷はすっかり無くなったらしい。横で紅の魔王が愉快そうに笑った。

「なら私はとクロウエアと呼んでやろう」
「あ、統一なさらないのですねご主人!?」
「ホシくんでも、いいよ」
「ぬうう、選択肢が増えたな……悩ましいぞ!」

 紅の魔王は面白いひとだ。名前を得たことに喜んでくれるし、呼び名でたくさん悩んでくれる。

「この世界に来てから、友達とか、先生みたいな人とか、兄弟ができた。ボクの兄さんはね、潮の香りがするんだ」

 友達からはこんなのも貰ったんだ、と靄を漁って、城からまだ双葉を見せたばかりの鉢植えや白くて丸い生き物が描かれた格好良い絵画を見せる。 紅の魔王は悠々と話を聞いていた。

「15週の命の約束……私は、お前が《嘘》を書き換え延命させていようと、公平に扱うつもりで来ている。気に入らなければ土塊、ということだ」

 わかっている、と頷いた。

「しかし、騙り部の《嘘》を砕いて尚、見事生き延びるとは。まこと愉快。お前の成長、紡ぐ物語は私の満足に足るものだった。なれば、褒美のひとつでも与えねばなるまい……お前の寿命を永久に延ばしてやろう」

 肩のウサギに手をやりながら、こちらを見下ろす紅の魔王が目を細めた。ウサギが腕を伝って降りる。ボクの返答が待たれていた。

「……ありがとう。でも……それは、だめだ」
「なぜ?」
「嘘、だったんだよね。ボクが、キミに見つけてもらうまで彷徨っていたという前提は。本当は既に一度終わっていたはずのボクに、キミが時間をくれたんだ。物語に、無かったはずの続きを作ってくれたんだ」

 拳を握る。

「それはとても嬉しかった……。ボクは、誰でもないボクになれた。勇者に取り付かなくても、ボクの証を残せた。ボクは、15週の間でも与えられた時間を目いっぱい生きて、花屋になれたんだよ。これでも、十分贅沢なんだと思う」
「小さき命よ。私は、お前の未来を望んでいる。お前は、この私と未来を拒むか?」

 紅い瞳がまっすぐにボクを見る。ボクは視線を逸らして頬を掻いた。

「……十分って言ったばかりなんだけれど。ボクもね、消えたくはないんだ。まだ育っていない花もあるし、友達をたくさん作りたいし、、貰った絵に描いてある生き物のことちゃんと知らないし、どこかの綺麗なお星様をじっくり見たいし、色んなカレーライスも食べてみたいし、この先もボクでいたい」

 絵画の隣に置いた、貰い物の鉢植えを見遣る。

「でも終わりがないのは……違うというか、嫌というか。どう、すれば良いのかな……?」

 ふ、と息つくように誰かが笑った。紅の魔王だったと思う。

「そこまで言っておきながら、私に未来を定義されたいのか?」
「……ううん、自分で作りたい」
「死や消滅に恐れは?」
「それは……ある」

 消えたくはない。ウサギの吐いた嘘のように消える寸前に思い悩む時間があったなら、きっと、間違いなく消えたくないと願うのだ。

「けど」

 紅の魔王の瞼が僅かに上下した。 “勇者”は永遠を望んではいなかった。だから、ボクの夢の檻を抜け出した。花の魔王だって、この城で恋に敗れても満足して散っていったと語っていた。

「ずっとじゃなくていいんだ。いつ来るかわからない寿命と一緒に生きて、ボクが居た証を長い時間の隙間に残す。それが、ボクの望む未来」
「……やはりお前は、見込み通りだ」

 紅の魔王は歯を見せて威嚇のような顔を作る。それから高らかに笑いあげた。

「大いに結構! それが、お前の望みであるならば。お前の勇気を伴った願いならば。私は聞き届けよう。終いまで見守ろう。世界の外側から最後の最期まで、お前を見届けよう」

 この人の考えていることは、きっと城の中で透心眼術を使ってもよくわからない。だけど、ボクの答えに気を良くしたらしいことは城の外でもわかった。今しがた見せた怖い顔も、たぶん笑っていたのだろう。

「あなた達は、世界の外側に住んでいるの?」
「ええ、どこでもない退屈の地……。そこが退屈故に、刺激を求めてこうして時々遊びに出ているのですよ」

 ウサギが狐のような尾を振って答える。

「それで。今後は自由ですが、貴方様はどのように過ごされるのです?」
「自由……」

 具体的には決めていない。言いあぐねていると、紅の魔王は目を伏せてウサギを撫でた。

「そうさな。ま、15週の約束は果たしたのだ。 城と共に夢と現の狭間を揺蕩い旅に出るのはどうか? あの曖昧にして不規則な境界ならば、数多の可能性が見つかるだろう。 移ろう景色に目標を見出した時、お前はその航海から目を覚ますのだ 」
「なるほど、ホシくん殿は元々夢そのものに近しい方ですから、溶け込むことはできましょう」
「ふむ……?」

 ウサギの方にホシくん殿って呼ばれた。それが少しおかしくて、小さく笑う。
 ボクはその場でしゃがみ、大きな檻に背中を預けた。このまま、夢を見て旅に出るのもいいかもしれない。
 この世界でやりたかったことは、一応紅の魔王と話す前に済ませていた。色んな城を訪ねて、マーケットを眺めて、世話になったツリーハウスを見て回って。
 すぐにでも発つことはできるけれど。これからどうしようか。蕾のように膨らんだボクの期待と相談をした。