薔薇


 病気に負けない土と適切な植樹知識を得たことで、段々と自力で咲かせられる花が増えてきた。
 ついに薔薇を咲かせることにも成功した。

 薔薇は差し木と鉢上げをすることで、たくさん増える植物だ。根付きさえすれば、少しの差し木から庭中を薔薇園に変えることも出来る。
 繊細なイメージが強かったけれど、逞しい花でもあるみたいだ。

「あとは、紅茶の木が育てば……自分の城から採れたものだけで、薔薇の紅茶ができるんだ」

 花の魔王人形に薔薇の咲いた報告をすると、興奮気味に喜んでくれた。

「素敵ですー! そしたら紅茶パックもローズティーも好きに試せるんでしょ? あー、この体でできないのが惜しいなあ、もう……」

 人形だからこればかりは仕方ない。表情こそ微笑んで変わらないものの、声はとても残念そうだ。

「紅茶もキミみたいに、作れるといいな」

 そう呟くと間が空いた。花の魔王が暫し固まっていたようだった。

「……もしかして、なんですけど。昔の私を真似て育て始めたんです? 懐かしいとは思いましたけど」

 ボクは頷いた。それからボクの憧れを話した。ウサギから花の魔王の昔話を聞いて、花の魔王に興味を抱いたこと。同じものを育てて、少しでも理解を深めたいこと。

「あはは……私に、憧れを示しちゃいますか」

 困ったような笑い声だった。いけないことなのかと疑問をそのまま口にすると、人形は曖昧に返事した。

「貴方は、“彼”に似ていますから。……少し、私のことをお話しましょうか」

 どうしてだろう。昔話を始める人形の意図もわからないけれど、ボクは素直に聞くことにした。

「私は、花の解説をするために、前城主の記録を埋め込まれて作られた人形です。それは自覚しています。ですが、実はこの城で過ごした他の記録もあって……花の解説しかできないわけではないのです」

 次いで、花の魔王から先日返事をしなかった件を詫びられた。彼は自分に役割以上の性能があることを自覚して、ウサギの前では訝しがられないよう黙ったらしい。
 そんなに隠す必要はないと思うのだけれど。

「元城主である花の魔王の再現。完全ではありませんが、記録としては入っているのですよ。ドルチェ=メロディア、という名をご存知だったりしませんか?」

 よく知っている。それは、魔物を倒した勇者の名前だ。ボクが都合のいい夢の檻に閉じ込めて、名前や身体を貰おうとした魔物を倒した彼の名だ。
 ボクは、彼の魂を奪おうとしていた。その繋がりからかボクの容姿は、彼に似ているのだ。

「私、元々は死神で。生涯の末にこの城で魔王としてドルチェと一緒にその物語を終えました。あっ、誤解しないでくださいねー? 悲しい相打ちとかでなくて……私は遅かれ早かれいずれ終わる存在だったし、彼は元々けじめをつけて自身の物語を終わらせるつもりで。だから彼は私を置いてかぬようにとついでに……あれ、これって仲良く心中? ああん、とにかく概ね円満だったんです!」

 人だったら大きく身振り手振りしていそうな語り口だ。申し訳ないけれと弁解されたところと違うところが気になっている。
 花の魔王がこの城で暮らしていたのは、当然ボクがここに来る前だ。花の魔王が正しいのなら、ボクがここに来るまでの間に、花の魔王はドルチェと共に物語を終えたことになる。

「私、彼が、好きでした。まっすぐで眩しくて、そこが苦手だけれど愛らしく思っていて、独占したいと思っていました。まあ、叶わなかった恋なんですけれど、いい友人ですよ。当時の私は衝動を抑えきれないしろくでもなくて……だから、彼に似たあなたに憧れと言われると少し気恥しいんですよね。困ったなあ」

 花の魔王が見せた反応の意味はわかったけれど、まったく違う疑問がついて離れない。
 ボクは唸った。訊いてみるしかない。

「あの……。“昔の話”、なんだよね。今の」
「はい。あなたが勇者に敗れたずっと後、長い時間を経て私達は物語を終え、記録と伝承の存在になりました。こうして魔導人形が再生できるような、過去の存在にね」
「“ずっと後”……?」

 思わず聞き返した。ボクがドルチェに倒されてからこの城に来るまで、そう時間は経っていないはずだ。

「ボクは、消えかけてたところを紅の魔王に助けられて、この姿を与えられてここに来たんだ。……それは最近のことだよ」

 少なくともボクがドルチェに敗れた後で、ドルチェと花の魔王が物語を終えるほどの壮大な時間なんてどこにもなかったはずだ。
 だって、そうだ。紅の魔王は、消えるしかなかったボクを見つけて15週の命を与えたのだから。

「……ありゃ、うっかり喋り過ぎましたかねー? ウサギさんに叱られてしまうかも。そうですね、少し時間の間隔がおかしなお話のようです。けど間違いはありません。この疑問に、あなたはどんな結論を出しますか?」
「わからないよ……なにかのヒント、なの……?」
「言えません」
「どうして。怒られるの? ウサギに」
「それもありますけど。なにより、貴方自身が見つけるべきと思うからです」

 ボクの疑問に答えをくれる様子はない。わからない。わからないことだらけで、信じてた事実が揺らいで、どうすれば正しいのか道筋が見えなくて、怖くて、今すぐ答えが欲しいのに。

「どうか目を逸らさないで。あなたなら未来を目指せます」
「そんなの、どうやって!!」
「既に思う答えはありませんか? 不確定な未来を恐れて、それを答えとすることを迷っていませんか?」

 人形は当然ながら顔色一つ変えない。

「……大丈夫ですよ。真実を見つけてください、星空のお花屋さん。ウサギさんに、突きつけてやるといい」

 けれど、頼もしく優しい声だった。

「落ち着いたら茶葉も魔力を吸って大きくなる頃。ローズティーでも飲みましょう」

 ね、と促される。人形は飲めないくせに。

 「……」

 窓から春の風が吹き抜ける。あたたかく、柔らかな風が。ボクは大きくその空気を吸って、吐いて。立ち上がる。そして、ひとつ頷いた。