プロローグ


 悲しい運命のお話です。

 とある勇者に、魔物の卵が取り憑きました。魔物の卵は日々勇者の体を蝕み、我が物とし、異形の姿へ変貌させ、ついには彼の名と魂を呑み込んで大きく成長してしまいました。
 しかし勇者は長い眠りの末、魔物の中でばらばらになった己の心を掻き集め、自分を取り戻します。
 勇者は力強く叫びます。自分の名を、自分の存在を。
 強い意志に引き剥がされた魔物は、誰になることもないまま、勇者に打ち倒されました。
 こうして、無事に自己を取り戻した勇者は恋人を迎えに行くため、長い長い旅に出かけたのでした。きっといつかはめでたしめでたし。



 ……けれど、倒された魔物は悲しみに暮れたまま、残されたわずかな時を彷徨っていました。
 消えたくない。消えたくない。何もわからないまま、無我夢中でそう願っていました。
 その時、声が聞こえたのです。

「おお、お前は勇者に敗れた者か」

 それは初めて出会う、紅の魔王の声でした。魔物は藁に縋る思いで魔王に助けて欲しいと願います。

「しかしお前は、何者でもないのだろう? 命を繋いで、どう生きる?」

 魔物は困ってしまいました。勇者の魂を借りていた魔物には、自分というものがわかりません。ただ、このまま消えたくないと思っただけなのです。
 すると、魔王が楽しそうに笑います。

「心はあるようだな? 面白い。お前は幸運だ。この私に見つけられてしまったのだから」

 紅の魔王は魔物を、遠い世界へ連れて行きました。そして、ふたりはある約束を交わします。

「チャンスならくれてやる。何者でもないというのなら、何者かになってみせるが良い。かの世界で15週の時を過ごし、私の満足を得てみせろ。できなければ世界と共に土塊へと還れ。それまでこの城を守り、生き延びろ」

 これが、新たな大地で15週間の命を手に入れた花屋が現れたきっかけとなったのです。