陽光
花には香りがある。花の魔王人形によると、花によっては香りの良いお茶を入れることが出来るらしい。
花のお茶とはどんなものだろう。お茶自体はポピュラーなもので、あちこちの城で飲料として販売されている。中には花を使ったお茶もあったような気がするが、手を出したことはなかった。
ウサギにも花のお茶を飲んだことがあるかと尋ねると、淹れたこともあるし、よく飲むと返事された。ウサギがお茶を飲むのだろうか? それに、四つ足の動物がどうやって淹れるのだろう。
ともあれ、花の魔王もウサギも知っているようだったから、教えて貰いながら実際に作ってみようと思った。花の活かし方も知っておきたい。人形にどの花がお茶にしやすいのか尋ねてみたところ、今ある花だったら、カモミールのお茶ができそうだとわかった。
カモミールは寒さに強い丈夫なハーブで、檻の中にもたくさん生えていた。だが、カモミールは夜の間は花を閉じ、朝になると花を開く。星空の靄が立ち込める常世の檻からは出してやる必要があった。
ボクは早速檻の中のカモミールをプランターに移し替え、檻の外に置いた。株分けや挿し木で簡単に増えるのでボクでも無事に増やすことが出来た。檻の外も十分立派な城だけれど、勇者の訪れる道中にこうしてプランターを並べておくのも良いかもしれない。そんな事を考えながら、その日も勇者達を迎え入れる準備を進めた。
ところがウサギ曰く、今日は物資支援のためにピンチの魔王城へ売り込みに行くらしい。この世界では無償で物を渡すということは基本的にない。世界の仕組みが、契約としてそう出来ている。世界のルールに抗う程大きな力を持っているならできるかもしれないが、ボクにはタダで渡せないのだ。……格安にして渡すことはできそうだけれど。
「良いのですよ、城主殿。この世界ではお金こそ力。力が蓄えられれば魔王の地位も上がるというものです。魔王達を悪の芽とし、淘汰しようとする動きもあるようですので……富を重ねることが防衛にも牽制にも繋がるのです」
情勢のことはよくわからないけれど、城を守れなくなるのは嫌だ。対価を貰うのがなんだか悪い気がしたが、流れに従って商売を行った。倉庫にあった商品をみんな花を添えて持って行った。今までで一番お金を貰えたかもしれない。今日のお客さん……魔王城の臣民はそれだけ救援を必要としていたようだ。予想以上に繁盛したので少し疲れてしまった。
そういえば、カモミールの花はちゃんと開いただろうか。明日にでも見てみよう。そんなことを考えた辺りでボクの意識は眠りに落ちた。
翌日、昼前頃にカモミールを見に行くと花はしっかり開ききっていた。花の部分を摘み取って収穫する。あとは日の下で乾かせばお茶を淹れるために使用できる。
「……外に出さえすれば、花を開かせることができたんだ」
ボクは、かつて食べた“彼”を思い出した。魔物だった頃の話だ。彼の望みを映した幻を作って、夢の檻で足を止めた“彼”を乗っ取ろうとしたのがボクだ。ボクは“彼”がなぜ、夢から出て行くことが出来たのかずっと不思議だった。
もしかすると、ずっと簡単なことだったのかもしれない。“彼”は星空がとても好きだったけれど、朝日の下で咲く花を知っていたのだ。檻の外でなければ、顔を拝めない花を。
城空間にも注ぐ日の光は、眩しくて目が射られてしまいそうになる。ボクが“彼”に敗れたのは当然のことだった。
この世界では今、魔王達はが悪の芽として淘汰されようとしている。ボクは宿主支配の性質上、生まれる前から“彼”の倒すべき悪だった。身体と魂の欲しかったボクには“彼”が悪だった。だからこそわかる。誰が誰に悪と呼ばれたとして、抗っても良いってことを。
ボクは、≪この世界の魔王≫だ。今まで肩書きだけ手にしていたそれを貫く覚悟を決めた。
