物語
ボクがこの世界の魔王で居られるのもあと僅かだ。
もうすぐ15週。紅の魔王と会う。その後、どうなるかは土塊へ還る可能性以外に何も聞かされていないのだ。土塊を免れたら……どこへ行くのだろう?
今の内にお世話になった人達に挨拶しに行こうか。花を一緒に持っていくのも悪くない。色々な人と出会った。
海を教えてくれた水族館。
ボクを弟と認めてくれた兄さん。
友達を大事にする炎の竜。
空想の人生に閉じ込められた魔王。
格好いい生き物の絵をくれた画家の娘さん。
星に恋した観測者。
沢山集まった小さなもふもふ達。
本当、色々な人達と出会った。
* * * *
何度も何度も、繰り返し話して聞かせた物語がある。
「――――こうして、勇者は閉じ込められた夢の檻から脱し、勇者を取り逃した魔物は消えて行ったのです。こうして、無事に自己を取り戻した勇者は恋人を迎えに行くため、長い長い旅に出かけたのでした……」
「その話。勇者を呑み込もうとした脅威はそのまま消えてしまったのか?」
その日は、いつも黙って聞いていた主が尋ねてきた。

「え? ええ、まあ。そうでしょうな。寄生した宿主が見せられた夢との決別を選び、己の体と魂を勝ち取ったのです」
「勇者に敗れた夢の守り人。そいつに未来を与えたら、果たして何が見えるのか……気にならないか?」
主は不敵に笑っていた。面白そうなことを見つけると、いつもこうなのだ。暗に実現を視野に入れた話をする。
「また良からぬ発想を。これは伝承ですよ。既に起こった過去のお話なのです。それなのに未来だなんて」
「過去の記録から再現すればいい。かつて勇者に夢を見せた魔物だ、己が夢のような思いをしたって良いだろう?」
「そんな、無茶な」
「多少の無茶を誤魔化すのがお前だろう。そいつの新たな虚構話を作ればいい。嘘を真と騙せるお前なら。既に無いものも幻影として作り出せるのではないか?」
そう、無茶を任されるのは大抵自分だ。
しかしながら、これがなかなか断れない。なんと言っても、自分も面白いことは好きなのだ。
「期待しているぞ、“騙り部のウサギ”」
紅い瞳が煌めく。この主はいつも着想を得る度に安易な理由で、世界を少しだけ、こっそり歪ませる。それでも愚直なほどまっすぐな性格だった。
斯くして、大掛かりな《嘘》は幕を開ける。
「 こうして、無事に自己を取り戻した勇者は恋人を迎えに行くため、長い長い旅に出かけたのでした。きっといつかはめでたしめでたし……けれど、 《倒された魔物は悲しみに暮れたまま、残されたわずかな時を彷徨っていました》――――」
興味本位で与えた未来が、驚異の起爆剤となることも知らずに。
「――――おお、お前は勇者に敗れた者か」