「ごめんなさい許して来るな来るな無理ア〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
「タマ兄……」
金髪の若い退魔師が怨霊に囲まれ悲鳴を上げている。後ろで、妹らしき少女が憐れむような目を向けていた。
梅影禄郎は退魔師だ。かれこれ20年ほど退魔活動を続けている。最近は陽桜市を覆う異界──通称「陽桜異界」の異常解決のために桔梗院本部から応援として呼ばれて来た……のだが。
今日の異界探索班は、ちょっと、様子がおかしい。
どうも此度の探索班の内、少なくとも3人は身内同士らしい。作戦開始前に、家を出たお前がどうとか、認めさせればいいのかとか、家の人間同士の確執を感じさせる会話を聞いている。
梅影は霊山家という彼らの家のことはよく知らない。東北にある、炎熱の呪術を扱う小さな家という大まかな概要だけ事前資料で伺っている。
お家騒動という表現が似合う喧騒に梅影は呆れと苛立ちを募らせていた。
一刻も早く怪異や異界を払い、生存者を救出せねばならない。無益な喧嘩をするな、と思うのも当然の事だ。
そして蓋を開けて見れば、実力の証明を威勢よく誓った弟退魔師は出現した怨霊を前にみっともなく泣き喚いている。なんだこれ。梅影は今日の運勢が低迷していることを悟った。
「タマ兄、無理しないで」
「本当無理、無理です……いや、行く……」
どっちなのか。誰だこの男を呼んだのは。なぜ兄は何も言わず後方で見守っているのか。
人手が欲しいのは確かであり、桔梗院はフリーランスの退魔師や怪異にまで異常事態の通達をしたとも聞いていた。
だが、ここまで頼りない人間まで来るとは梅影には想定外だった。期待をし過ぎていたとも言う。
よくよく考えれば、怪異や10代の学生すらこの陽桜異界を消滅させるために作戦に参加しているのだから、この程度は有り得る事なのかもしれない。
寧ろ早い段階で現実を思い知らされたのは不幸中の幸いと前向きに捉えることにした。
それに、見せる姿勢こそ情けない弟退魔師ではあるが、扱う呪術には目を見張るものがあった。
巨大な七色の炎を弾けさせては、怨霊を逐次浄化していく。制御しきれていないきらいがあるが、文字通り火力を出せる人材と評価していいだろう。
この弟退魔師に修行を重ねる余裕があったなら、家でも大成する器だったのではないか。素養は立派であるが、結局のところ安心して背を預けるには心許ない。冷静な状況判断力や術の安定性に欠けている。
彼の兄は、「まともに戦えるのか」と弟に問うていた。きっと、家に認められていないのはそういうことなのだ。
梅影もこれでは弟が兄に認められることは無いだろう、と詮無い思いを巡らせながら刀を振るう。
制御が狂っても弾け飛ぶ炎が梅影達の身に当たらずに済んでいるのは救いと言えた。
「タマ、もういい。下がれ!」
後方から兄退魔師が声を張った。状況を確認し、弟退魔師に合わせるように梅影も避けるように距離を取る。
兄退魔師の前にずらりと、呪術で呼んだか錬成したかと思われる火の玉と砲台が並んでいた。確実に、巻き込まれる何かが始められようとしているのである。
「これ僕も避けた方が良い奴ですよね!」
「すみません、回避をお願いします。あとは俺がやります。──【颯撫子砲】! 撃て!」
妹少女が指を組んで構えを取ると同時、数を減らした怨霊の群れが、地に走り出した熱線に囲われ動きを止めた。
その隙に火の玉が砲台に入り込み、一気呵成に砲撃が浴びせられる。炸裂音と閃光、それから立ち上り煙と燃え盛る炎が怨霊達を見送る最後の絵面となった。
「近辺の怨霊は呪縛から解き放たれ天に昇ったかと。桔梗院のナビゲーターからも敵性反応の消滅が確認できたと念話が。お疲れ様でした」
辺りが静かになり、あとは付近の探索をして帰還する流れとなった。
この巨大な異界は、長く留まるには広過ぎる。 大勢で何度か出入りして全容を明らかにすることが今回の作戦の要だ。
「タマ」
兄退魔師が弟退魔師に近づく。
梅影は先に戻る素振りを取って視線を逸らした。見世物でもないだろう。
彼らが当然、探索前の話に決着を付けることは明白だった。
「一旦許可する。作戦には出て良い」
「よかったね、タマ兄!」
「なんで!?」
梅影は不可解なあまり思わず振り返り声に出す。不安材料は未だ健在である。
「梅影さんもお疲れ様でした。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
「いやまあ、うん。いいの、君はあれで」
梅影には──きっと梅影でなくとも──合格基準はわからない。ピーピー泣き喚く度胸の無さに、ムラのある呪術の出力。それ以外に見ていたところがあるのだろうか。
「未熟さは否めません。ですが、作戦活動は可能であると考えました。……確実に同行者との連携は必要だと思いますが」
「可能、かなあ」
「こうして全員帰還できていますから」
語る兄の眉間には皺が寄っており、完全に納得はしていないようだった。
やはり人手欲しさに思い直したのだろうか。それは反対しておいて単純過ぎる気がする。梅影には幾ら考えても理解できそうにないが、尋ねるほど見知った仲でもない。
「死ぬなよ」
素っ気なく口にして帰路を辿る兄に妹が続く。先に帰ろうとしていた梅影はいつの間にか追い越されていた。
梅影も帰ろうと歩き出す。
「死なないよ」
歩き出した矢先、背後からそんな声が聞こえた気がした。
「タマ兄……」
金髪の若い退魔師が怨霊に囲まれ悲鳴を上げている。後ろで、妹らしき少女が憐れむような目を向けていた。
梅影禄郎は退魔師だ。かれこれ20年ほど退魔活動を続けている。最近は陽桜市を覆う異界──通称「陽桜異界」の異常解決のために桔梗院本部から応援として呼ばれて来た……のだが。
今日の異界探索班は、ちょっと、様子がおかしい。
どうも此度の探索班の内、少なくとも3人は身内同士らしい。作戦開始前に、家を出たお前がどうとか、認めさせればいいのかとか、家の人間同士の確執を感じさせる会話を聞いている。
梅影は霊山家という彼らの家のことはよく知らない。東北にある、炎熱の呪術を扱う小さな家という大まかな概要だけ事前資料で伺っている。
お家騒動という表現が似合う喧騒に梅影は呆れと苛立ちを募らせていた。
一刻も早く怪異や異界を払い、生存者を救出せねばならない。無益な喧嘩をするな、と思うのも当然の事だ。
そして蓋を開けて見れば、実力の証明を威勢よく誓った弟退魔師は出現した怨霊を前にみっともなく泣き喚いている。なんだこれ。梅影は今日の運勢が低迷していることを悟った。
「タマ兄、無理しないで」
「本当無理、無理です……いや、行く……」
どっちなのか。誰だこの男を呼んだのは。なぜ兄は何も言わず後方で見守っているのか。
人手が欲しいのは確かであり、桔梗院はフリーランスの退魔師や怪異にまで異常事態の通達をしたとも聞いていた。
だが、ここまで頼りない人間まで来るとは梅影には想定外だった。期待をし過ぎていたとも言う。
よくよく考えれば、怪異や10代の学生すらこの陽桜異界を消滅させるために作戦に参加しているのだから、この程度は有り得る事なのかもしれない。
寧ろ早い段階で現実を思い知らされたのは不幸中の幸いと前向きに捉えることにした。
それに、見せる姿勢こそ情けない弟退魔師ではあるが、扱う呪術には目を見張るものがあった。
巨大な七色の炎を弾けさせては、怨霊を逐次浄化していく。制御しきれていないきらいがあるが、文字通り火力を出せる人材と評価していいだろう。
この弟退魔師に修行を重ねる余裕があったなら、家でも大成する器だったのではないか。素養は立派であるが、結局のところ安心して背を預けるには心許ない。冷静な状況判断力や術の安定性に欠けている。
彼の兄は、「まともに戦えるのか」と弟に問うていた。きっと、家に認められていないのはそういうことなのだ。
梅影もこれでは弟が兄に認められることは無いだろう、と詮無い思いを巡らせながら刀を振るう。
制御が狂っても弾け飛ぶ炎が梅影達の身に当たらずに済んでいるのは救いと言えた。
「タマ、もういい。下がれ!」
後方から兄退魔師が声を張った。状況を確認し、弟退魔師に合わせるように梅影も避けるように距離を取る。
兄退魔師の前にずらりと、呪術で呼んだか錬成したかと思われる火の玉と砲台が並んでいた。確実に、巻き込まれる何かが始められようとしているのである。
「これ僕も避けた方が良い奴ですよね!」
「すみません、回避をお願いします。あとは俺がやります。──【颯撫子砲】! 撃て!」
妹少女が指を組んで構えを取ると同時、数を減らした怨霊の群れが、地に走り出した熱線に囲われ動きを止めた。
その隙に火の玉が砲台に入り込み、一気呵成に砲撃が浴びせられる。炸裂音と閃光、それから立ち上り煙と燃え盛る炎が怨霊達を見送る最後の絵面となった。
「近辺の怨霊は呪縛から解き放たれ天に昇ったかと。桔梗院のナビゲーターからも敵性反応の消滅が確認できたと念話が。お疲れ様でした」
辺りが静かになり、あとは付近の探索をして帰還する流れとなった。
この巨大な異界は、長く留まるには広過ぎる。 大勢で何度か出入りして全容を明らかにすることが今回の作戦の要だ。
「タマ」
兄退魔師が弟退魔師に近づく。
梅影は先に戻る素振りを取って視線を逸らした。見世物でもないだろう。
彼らが当然、探索前の話に決着を付けることは明白だった。
「一旦許可する。作戦には出て良い」
「よかったね、タマ兄!」
「なんで!?」
梅影は不可解なあまり思わず振り返り声に出す。不安材料は未だ健在である。
「梅影さんもお疲れ様でした。お見苦しいところをお見せして申し訳ありません」
「いやまあ、うん。いいの、君はあれで」
梅影には──きっと梅影でなくとも──合格基準はわからない。ピーピー泣き喚く度胸の無さに、ムラのある呪術の出力。それ以外に見ていたところがあるのだろうか。
「未熟さは否めません。ですが、作戦活動は可能であると考えました。……確実に同行者との連携は必要だと思いますが」
「可能、かなあ」
「こうして全員帰還できていますから」
語る兄の眉間には皺が寄っており、完全に納得はしていないようだった。
やはり人手欲しさに思い直したのだろうか。それは反対しておいて単純過ぎる気がする。梅影には幾ら考えても理解できそうにないが、尋ねるほど見知った仲でもない。
「死ぬなよ」
素っ気なく口にして帰路を辿る兄に妹が続く。先に帰ろうとしていた梅影はいつの間にか追い越されていた。
梅影も帰ろうと歩き出す。
「死なないよ」
歩き出した矢先、背後からそんな声が聞こえた気がした。