予報外れの雨が降る。珠緒はこういう天気があまり好きではない。
見通しは逸れ、目論見が外れ、被害だけを被る。何もかも上手くいかなくなる気がするからだ。
そんな珠緒にも少しだけ、突然の雨を好いた時期があった。
🕯
その日もぽつぽつと雨が降り出した。
天気予報では晴れの予報であり晴天と言える陽気だが、まるで関係なく青い空から雨が降る。
「なーんで晴れてんのに降るかなあ」
予報外れな天気雨にぼやいた中学校の帰り道。14歳の珠緒は自転車を引き摺りながら家を目指していた。
清和の侯、梅雨にはまだ早いはずなのに蒸し暑い。漕ぐ気も起こらなかったから、被っていたヘルメットをハンドルにぶらりと下げた。蒸れるのだ。
霊山本家は中学校のギリギリ学区内の山の中にある。山と言ってもある程度開拓はされ道も舗装されているが、とにかく距離が長いのである。田舎の学区というのは大変広い。
加えて帰りの心臓破りの坂の長さは、青少年の肉体を虐め抜くのに適していた。行きの爽快な風が嘘のようだ。
コンビニなどという便利なものは無い。代わりに田畑や雑木林、たまに養鶏場などがある。この厳しさは退魔師も一般人も関係ない。
そしてまさに今、珠緒はその死の道中、容赦無く天気雨の雨粒に降り掛かられていた。予報を信じたばかりに雨具の類を持っていない。合羽でも常に畳んで入れておけばよかったのかもしれない。
だが、珠緒が毎日通る道には唯一希望があった。町側に近い道沿いにバス停があることだ。
本数こそ少ないが交通機関の存在はこの土地の未来を感じさせた。最近運行本数が減ったが、まだ未来を感じられた。
支柱は錆びているしベンチは砂だらけだが、こと今に於いては屋根があるだけで極上の環境だ。
やっとトタンの古めかしい屋根が見える。おんぼろのバス停も今だけは輝かしい。
珠緒は自転車を連れてまっすぐ飛び込んで行く。しかし駆け込んだ瞬間、思わずブレーキを握り足を止めた。
屋根の下に、先客が居たのだ。
「驚いた」
紺色のブレザーを来た少女が、ぽかんと口を開けて目を丸めていた。
肩ほどで切り揃えられた黒髪から滴り落ちる雫は、きっと似た境遇であることを示している。
「わ、わ、すいません。雨降ってるからつい」
「いいよ。雨宿り?」
慌ただしく謝る珠緒に、少女はひらひら片手を振り笑う。熟れた対応が大人びて見えた。制服は珠緒の学校とは別のものだ。確か、私立のお嬢様高校だったと思う。
座りなよ、と少女はベンチの空いたスペースを軽く叩く。
「私はバス待ち。でもまだまだ先なんだ。よかったら暇潰し付き合ってくれない? 時間あれば、で良いけど」
珠緒は自転車のスタンドを下ろす。疲れてもいたし、雨は降っているし、休憩がてらベンチに座った。天気雨ならすぐ止むだろうし。
この暇つぶしが思いの外楽しめた。
少女はどんな話も興味深げに聞き、よく笑う。また、少女自身もよく話した。
庶民も庶民なのに受験に失敗したから私立のお嬢様学校に通っているだとか、家が遠いとか、部活で剣道をやっていて手入れが大変だとか。
そんな愚痴が多かったものの、彼女はそれらを面白おかしく話してくれたし共感もできた。
初対面とは思えぬほど話が弾んだのである。
これが少しの休憩であると珠緒が忘れかけたところで、少女の乗るバスが来た。
「じゃあ、私行くね。ばいばい」
バスに乗る少女を見送る。
いつの間にか雨は止んでいた。珠緒も自転車を転がし始め、再び長い家路を辿る。
まだまだ家には遠い。けれど始めほど憂鬱ではない。
悪くない出会いだと思った。多感な思春期だったものだから、この出会いが映画か漫画のように感じられて。
雨の日は、バスに乗るあの子に会える日かもしれない。
珠緒も少女も、名前すら知らないそれだけの仲で、青春らしく恋が始まるような事も無かったけれど。
この時は予定が外れても、雨を好ましく思ったのである。
見通しは逸れ、目論見が外れ、被害だけを被る。何もかも上手くいかなくなる気がするからだ。
そんな珠緒にも少しだけ、突然の雨を好いた時期があった。
🕯
その日もぽつぽつと雨が降り出した。
天気予報では晴れの予報であり晴天と言える陽気だが、まるで関係なく青い空から雨が降る。
「なーんで晴れてんのに降るかなあ」
予報外れな天気雨にぼやいた中学校の帰り道。14歳の珠緒は自転車を引き摺りながら家を目指していた。
清和の侯、梅雨にはまだ早いはずなのに蒸し暑い。漕ぐ気も起こらなかったから、被っていたヘルメットをハンドルにぶらりと下げた。蒸れるのだ。
霊山本家は中学校のギリギリ学区内の山の中にある。山と言ってもある程度開拓はされ道も舗装されているが、とにかく距離が長いのである。田舎の学区というのは大変広い。
加えて帰りの心臓破りの坂の長さは、青少年の肉体を虐め抜くのに適していた。行きの爽快な風が嘘のようだ。
コンビニなどという便利なものは無い。代わりに田畑や雑木林、たまに養鶏場などがある。この厳しさは退魔師も一般人も関係ない。
そしてまさに今、珠緒はその死の道中、容赦無く天気雨の雨粒に降り掛かられていた。予報を信じたばかりに雨具の類を持っていない。合羽でも常に畳んで入れておけばよかったのかもしれない。
だが、珠緒が毎日通る道には唯一希望があった。町側に近い道沿いにバス停があることだ。
本数こそ少ないが交通機関の存在はこの土地の未来を感じさせた。最近運行本数が減ったが、まだ未来を感じられた。
支柱は錆びているしベンチは砂だらけだが、こと今に於いては屋根があるだけで極上の環境だ。
やっとトタンの古めかしい屋根が見える。おんぼろのバス停も今だけは輝かしい。
珠緒は自転車を連れてまっすぐ飛び込んで行く。しかし駆け込んだ瞬間、思わずブレーキを握り足を止めた。
屋根の下に、先客が居たのだ。
「驚いた」
紺色のブレザーを来た少女が、ぽかんと口を開けて目を丸めていた。
肩ほどで切り揃えられた黒髪から滴り落ちる雫は、きっと似た境遇であることを示している。
「わ、わ、すいません。雨降ってるからつい」
「いいよ。雨宿り?」
慌ただしく謝る珠緒に、少女はひらひら片手を振り笑う。熟れた対応が大人びて見えた。制服は珠緒の学校とは別のものだ。確か、私立のお嬢様高校だったと思う。
座りなよ、と少女はベンチの空いたスペースを軽く叩く。
「私はバス待ち。でもまだまだ先なんだ。よかったら暇潰し付き合ってくれない? 時間あれば、で良いけど」
珠緒は自転車のスタンドを下ろす。疲れてもいたし、雨は降っているし、休憩がてらベンチに座った。天気雨ならすぐ止むだろうし。
この暇つぶしが思いの外楽しめた。
少女はどんな話も興味深げに聞き、よく笑う。また、少女自身もよく話した。
庶民も庶民なのに受験に失敗したから私立のお嬢様学校に通っているだとか、家が遠いとか、部活で剣道をやっていて手入れが大変だとか。
そんな愚痴が多かったものの、彼女はそれらを面白おかしく話してくれたし共感もできた。
初対面とは思えぬほど話が弾んだのである。
これが少しの休憩であると珠緒が忘れかけたところで、少女の乗るバスが来た。
「じゃあ、私行くね。ばいばい」
バスに乗る少女を見送る。
いつの間にか雨は止んでいた。珠緒も自転車を転がし始め、再び長い家路を辿る。
まだまだ家には遠い。けれど始めほど憂鬱ではない。
悪くない出会いだと思った。多感な思春期だったものだから、この出会いが映画か漫画のように感じられて。
雨の日は、バスに乗るあの子に会える日かもしれない。
珠緒も少女も、名前すら知らないそれだけの仲で、青春らしく恋が始まるような事も無かったけれど。
この時は予定が外れても、雨を好ましく思ったのである。