珠緒が退魔師系の高校へ入学を決めた頃だ。
隣の骨董屋の主人から、彼の娘が自分を好意的に見てくれてるらしいことを聞かされた。
何故かはわからない。歳は確か7つくらいだったか。特に交流した覚えが無い。自分はあまり表に出るほうではないし、彼女はまだ日本語を話せないようなのだ。
なんて返すのが正しいかわからなくて、その日はお礼だけを伝えてもらった。
やがて春が来た。珠緒は、なんとか無事に高校へ通学できていた。
学校は全体が退魔に通じており、表からはその実態をカバーしている。
呪具職人になる知識を付ける勉強は勿論、退魔の世界に広く触れることは、きっと珠緒に必要な知見を増やすと見込まれた。
珠緒はまだ、呪具を作らせてはもらえない。珠緒自身もまた、呪具作りに己の呪力を取り扱うことを恐れていた。
毎日、粛々と蝋燭作りに励む。
続ける内に、下手な蝋燭がなんとか店先で展示されるようになった。売り物にするにはまだまだ粗が目立つ。
一年近くかけて、ようやくスタートラインだ。自分の未熟な腕を考えると明るい気分にはなれない。
蝋燭の火がゆらゆら揺れていた。和蝋燭は芯が太く、炎が大きい。
悠然と佇む力強い炎。榮花のようだった。こんな成りでも火は灯ってくれる。こういう、寄り添ってくれるところも似ていた。
珠緒が蝋燭一つ仕上げるのに難儀する間にも、両親や天樹は榮花を探すために奔走しているのだろうか。
そんなことを考えてぼんやりしていたから、珠緒は横に小さなお客様が来ていることを見逃していた。
「わ」
隣の骨董屋の娘だ。少し遠慮がちと言うか、もじもじしているように見える。
少女は展示の蝋燭と珠緒を見比べた後、そっと何か一言発した。
しかし、珠緒には中国語がわからない。日本語のわかる彼女の父親も今日は一緒でないようだった。
「ええと……」
珠緒は、あなたが作ったのかと訊いたのではと思った。今灯っているサンプルは、売り物の蝋燭よりだいぶ不格好だから。
けれど、「はい」も「いいえ」も伝わるのかよくわからない。真逆に伝わっては叔父の名誉に関わる。答えなくても、答えは明白だろうけれど。
迷っていると少女は可愛らしい財布を取り出して、握り込んだ手を珠緒に見せた。蕾が花開いたような手に、日本の硬貨が数枚乗っている。
ああ、と気がつく。蝋燭を買いに来たのか。しかし店で売る蝋燭の金額にやや足りていない。
珠緒は、なぜ彼女がCANDLE RYOZENへ来たのかを暫く考えた。
蝋燭が必要なら骨董屋の店主が隣から直接来そうなものだ。
いずれにせよ、希望を聞き出すのが難しい。しかし理由も伝えられずに追い返すのも心苦しい。
叔父も骨董屋の店主も丁度出払っている。商店街の会合なのだ。
どうしたものかと悩んで、珠緒は店内の隅にある作業台へ座り、絵付けの皿を引き寄せた。溶けばまだ使えそうだ。
失敗作の山がこんもり積もったダンボール箱から一本、白い蝋燭を取り出す。
そして、叔父の繊細なお手本を見ながら蝋燭に面相筆を走らせた。
「……うん」
不細工で貧相な蓮の絵が出来上がる。まあわかってはいた。形が特徴的だから辛うじて蓮に見えなくもないが、とても売り物にならない。
……出来はともかくとして、仏画や中華系の模様にはよく蓮が入ってるから悪い花ではないだろう。多分。
珠緒は少女の硬貨を仕舞わせて、「売り物にならないのでお代は不要です」と一筆添えて、不出来な絵蝋燭を少女に渡した。
少女の反応は静かなもので、読み取り難い表情をしていた。落胆させてしまったかもしれない。
何も無しで帰らせるよりはとお詫びのつもりで作ったが、我ながら下手な作品押し付けてこれは却って酷いのではないか。
「ごめんね、次はお父さんと買いに来てね」
次はきっとちゃんとした蝋燭が買えるだろう。
伝わりはしないだろうが、半ば祈るように珠緒はそう言って、妹より小さな来客を見送った。
白 慧莉。お隣の骨董屋の、8つ年下の女の子。
珠緒は現在、彼女に7度目の求婚を受けている。
隣の骨董屋の主人から、彼の娘が自分を好意的に見てくれてるらしいことを聞かされた。
何故かはわからない。歳は確か7つくらいだったか。特に交流した覚えが無い。自分はあまり表に出るほうではないし、彼女はまだ日本語を話せないようなのだ。
なんて返すのが正しいかわからなくて、その日はお礼だけを伝えてもらった。
やがて春が来た。珠緒は、なんとか無事に高校へ通学できていた。
学校は全体が退魔に通じており、表からはその実態をカバーしている。
呪具職人になる知識を付ける勉強は勿論、退魔の世界に広く触れることは、きっと珠緒に必要な知見を増やすと見込まれた。
珠緒はまだ、呪具を作らせてはもらえない。珠緒自身もまた、呪具作りに己の呪力を取り扱うことを恐れていた。
毎日、粛々と蝋燭作りに励む。
続ける内に、下手な蝋燭がなんとか店先で展示されるようになった。売り物にするにはまだまだ粗が目立つ。
一年近くかけて、ようやくスタートラインだ。自分の未熟な腕を考えると明るい気分にはなれない。
蝋燭の火がゆらゆら揺れていた。和蝋燭は芯が太く、炎が大きい。
悠然と佇む力強い炎。榮花のようだった。こんな成りでも火は灯ってくれる。こういう、寄り添ってくれるところも似ていた。
珠緒が蝋燭一つ仕上げるのに難儀する間にも、両親や天樹は榮花を探すために奔走しているのだろうか。
そんなことを考えてぼんやりしていたから、珠緒は横に小さなお客様が来ていることを見逃していた。
「わ」
隣の骨董屋の娘だ。少し遠慮がちと言うか、もじもじしているように見える。
少女は展示の蝋燭と珠緒を見比べた後、そっと何か一言発した。
しかし、珠緒には中国語がわからない。日本語のわかる彼女の父親も今日は一緒でないようだった。
「ええと……」
珠緒は、あなたが作ったのかと訊いたのではと思った。今灯っているサンプルは、売り物の蝋燭よりだいぶ不格好だから。
けれど、「はい」も「いいえ」も伝わるのかよくわからない。真逆に伝わっては叔父の名誉に関わる。答えなくても、答えは明白だろうけれど。
迷っていると少女は可愛らしい財布を取り出して、握り込んだ手を珠緒に見せた。蕾が花開いたような手に、日本の硬貨が数枚乗っている。
ああ、と気がつく。蝋燭を買いに来たのか。しかし店で売る蝋燭の金額にやや足りていない。
珠緒は、なぜ彼女がCANDLE RYOZENへ来たのかを暫く考えた。
蝋燭が必要なら骨董屋の店主が隣から直接来そうなものだ。
いずれにせよ、希望を聞き出すのが難しい。しかし理由も伝えられずに追い返すのも心苦しい。
叔父も骨董屋の店主も丁度出払っている。商店街の会合なのだ。
どうしたものかと悩んで、珠緒は店内の隅にある作業台へ座り、絵付けの皿を引き寄せた。溶けばまだ使えそうだ。
失敗作の山がこんもり積もったダンボール箱から一本、白い蝋燭を取り出す。
そして、叔父の繊細なお手本を見ながら蝋燭に面相筆を走らせた。
「……うん」
不細工で貧相な蓮の絵が出来上がる。まあわかってはいた。形が特徴的だから辛うじて蓮に見えなくもないが、とても売り物にならない。
……出来はともかくとして、仏画や中華系の模様にはよく蓮が入ってるから悪い花ではないだろう。多分。
珠緒は少女の硬貨を仕舞わせて、「売り物にならないのでお代は不要です」と一筆添えて、不出来な絵蝋燭を少女に渡した。
少女の反応は静かなもので、読み取り難い表情をしていた。落胆させてしまったかもしれない。
何も無しで帰らせるよりはとお詫びのつもりで作ったが、我ながら下手な作品押し付けてこれは却って酷いのではないか。
「ごめんね、次はお父さんと買いに来てね」
次はきっとちゃんとした蝋燭が買えるだろう。
伝わりはしないだろうが、半ば祈るように珠緒はそう言って、妹より小さな来客を見送った。
白 慧莉。お隣の骨董屋の、8つ年下の女の子。
珠緒は現在、彼女に7度目の求婚を受けている。